2020年から学校現場ではプログラミング教育が義務化されましたね。

小学校から「プログラミングの授業」というものがあることを聞いて、戦々恐々とされている親御さんが多いことかと思います。

そのプログラミングの授業の対策や将来のために、習い事でプログラミングするお子さんが増えている一方で、

「プログラミング教育なんて意味がないからやめておいたほうがいい」

「プログラミングを習うのなんか必要ないよ、違う習い事のほうがいい」

という声も聞かれます。

今回はなぜプログラミング教育が「必要ない・意味がない」とされるのかについて、詳細をお伝えしていきます。

プログラミング教育自体、まだまだ具体性が高まっていない

「文科省があれだけ言っていたんだから、プログラミング教育はそれなりにしっかりしたものなんでしょ?」

「パソコンを使ってやったりするんじゃないの?」

といろいろ考えられがちですが、はっきり言って学校現場ではまだまだプログラミング教育のやり方、方向性ががっちり決まっていません。

文科省が出している「学習指導要領」や「プログラミング指導の手引き」といった資料をもとに、先生たちが

「こうかな…」

「このやり方の方が授業に取り入れやすいかもしれない」

といったように絶賛試行錯誤中の状況なのです。

まず、教える側の先生大半が「迷子」の状態なので、教える内容、どのくらいの時間学習させるのか、などなどすべてがあやふやだったりします。

2020年に始まったプログラミング教育ですが、開始から2、3年経ったとはいえ、まだまだ教育としては安定していないようです。

プログラミング教育で学ぶのはあくまで「プログラミング的思考」

「プログラミング教育なら、うちの子、プログラミングもできるようになるの?」

「パソコンで開発とかできるようになるのかしら」

なんて夢を見てしまいそうですが、あくまでプログラミング教育、特に小学校のプログラミング教育で学ぶのは「プログラミング的思考」なのです。

ということは、プログラミング言語が操れたり、何らかのアプリやソフトの開発ができるようになる、なんてことは小学校での学習では不可能です。

では「プログラミング的思考」とは一体何なのか?

文部科学省が出している資料「小学校教育におけるプログラミング教育の在り方について」では次のように説明がされています。

「自分が意図する一連の活動を実現するために、どのような動きの組合せが必要であり、一つ一つの動きに対応した記号を、どのように組み合わせたらいいのか、記号の組合せをどのように改善していけば、より意図した活動に近づくのか、といったことを論理的に考えていく力」

長々と非常にわかりにくいです。

かいつまんで説明して、「プログラミング的思考」とは一体どういうことと言いますと

  • 物事を行うときに筋道を立てて考える力
  • 問題に直面した際に、どの部分がうまくいかないのか考察する力
  • どうしたら改善できるか、問題を解決できるかを考える力

といったような力を持っているようなことです。

要は自分で考えて物事を解決する力ということですね。

=プログラミング言語、コーディング(プログラミング言語を記述すること)を学ぶことではないということです。

決してプログラミングのスキルが身につくわけではない。

あくまで「考える力」を育てるというもの。

この要因も「プログラミング教育は意味がない」と思われる一つです。

プログラミング的思考を養うのにはどんな授業をするのか

では、「プログラミング的思考」を養うのに学校ではどんな授業をしているのか。

それは一概に「こんなものなんです」とはなかなか言えません。

なぜかといいますと、使用する教材も学習するタイミングも全く学校によって違うのです。

もちろん、地域や都道府県によっても全く異なってきます。

ただ、授業のモデルとして掲げられている例が、文科省の手引書には載っていますのでいくつかご紹介をします。

 

  • 算数の時間→プログラミングの機能を使って、正三角形を描く
    60度の直線を繰り返し描かせるプログラミングを考える
  • 音楽の時間→様々なリズムやパターンを組み合わせて音楽を作る(プログラミングソフトや作曲ソフトで
    組み合わせ方を何度も繰り返し試行錯誤して、まとまりのある音楽を作る
  • 家庭科の時間→炊飯器に組み込まれているプログラムを考える
    「お米を炊く」という一つの作業が炊飯器の中ではどのようなステップで進められているのかを考えてみる

特に小学校においては、身近に習う教科の中でプログラミングの要素を発見し、そこからプログラミング的思考を養うということが目指されているようです。

インパクトはない、けれどもプログラミング教育は決して無駄ではない

「ここまで書いてきて何を言っているんだ!」

という声があれば、ごもっともです。

しかし、従来の日本の教育と比べると、『日本式』の独特なプログラミング教育だってすべて意味がないわけではありません。

偉そうに教育論を述べるつもりはありませんが、プログラミング教育がどう教育を変えるのかについてお話します。

算数の計算に見える「暗記」

例えば、算数の計算。

2×8=?

と聞かれると

「答えは16!」

とすぐ答えられる人が多いでしょう。

けれども我々、小さいころになぜ16になるかについてはあまり教えてもらえた記憶はありませんよね。

結局「暗記」が勉強のメインであったわけです。

暗記が及ぼす考え方

この暗記が一体どんな影響になるのか。

それは

「2×8は絶対16の答えしかない!だって学校でそう習ったもん!」

という考え方を生むということです。

もちろん2×8は言うまでもなく16でしょうが、ほかにもその考え方が通用するかと言えばそれは違います。

「この問題を解決するにはどんな方法があるだろう?」

「それはAをつかえばいいから、Aが一番いい!」

「けれどもAはこんなデメリットがあるからBの方がいいんじゃないかな?」

「いっそCのやり方でもいいんじゃない?」

こんなふうに物事を進めたり、問題を解決するには、様々な方法があるという思考ができたり、方法を組み合わせて応用できることが大切ですよね。

これができるようになるために必要なのが「プログラミング的思考」なのです。

『プログラミング』ではないけれども大事な教育

現在学校が行っているプログラミング教育は、プログラミングができるようになる教育ではありません。

しかしながら、「自分で考えることを身に着ける教育」としては、非常に新しいものでよい試みであると思います。

学校の授業はもちろん、機会があるのであれば「プログラミング的思考」を身に着けるために、パソコンスクールや塾などで行われているプログラミング教室で気軽にプログラミングに触れてみるのもよいかもしれません。

そういったプログラミング教室では、ロボットを動かすようなプログラミングのほかに、キャラクターを動かしてゲームを作るようなプログラミング、後は、人気ゲームの世界でプログラミングに触れることができる教育コンテンツまで、様々なものがあります。

ぜひ「プログラミング的思考」を身に着けるのがどういうことなのか、体験してみてください。

当教室でもプログラミング教室を開講しています

キュリオステーション岩出店でも子ども向けのプログラミング講座を開講しています。

詳しくはこちらのページでご紹介していますので、ぜひご覧ください。

お問い合わせはお気軽に。

〇このブログ記事のまとめ〇

プログラミング教育が「無駄」「意味がない」と言われる理由についてお伝えしてきました。

あくまで筆者の独断ではありますが、今行われている「プログラミング教育」について少しでも「こんなものなんだ」と理解を頂けますと幸いです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。